任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第十五話 心、和む日を目指して。

天地山に春が訪れる季節。しっかりと積もっていた雪が溶け始めた頃。山が見える商店街。春に向けて賑わっていた。
商店街を歩く一人の男。

「原田くん、調子は良いのか?」

八百屋のオヤジが声を掛けてくる。

「かなり良くなりました」

まさは、笑顔で応える。

「今日はどうした?」
「洗剤が無くなったんで、買いに来たんですよ」
「…それなら……あっ」
「ほへ?!」

八百屋のオヤジが目線を移す。それに釣られて、まさも目線を移した。
そこに一台の車が停まり、慌てたように男が降りてきた。

「兄貴っ!! まだ、歩き回っては駄目だと言われてるでしょうがぁっ!」

わちゃぁ〜。

八百屋のオヤジは、まさの焦ったような表情を見逃さない…。

「原田くぅん? また……」
「いや、その……一人で動けるし…そ、その…」
「兄貴っ、お使いなら、俺がと何度も…」
「京介、俺は、動けるんだから。自分の体の事くらい…」
「それでも外出は控えるように言われてるでしょうがっ。春が近いと
 言っても、まだまだ、気温は低いんですから。もし、途中で倒れたら…」

京介の、あまりにも心配する顔に、まさは、何も言えなかった。

「悪かった」
「ったく…。…何を買いに来たんですか?」
「洗剤」
「洗濯も私に…って、兄貴の世話を頼まれてるんですから」
「…一人で出来るのにな…」

ちょっぴり寂しそうに言う、まさだった。



商店街から少し離れた所にある住宅街。そこにある二階建てのマンションの一室。そこがまさの自宅だった。
おいしそうな香りが漂ってくる。
京介が昼食を作っていた。

「出来ましたよぉ」
「……ったく。飯まで作るなって。俺の代わりで忙しいんだろが」
「大丈夫ですよ」

料理をこたつに持ってくる京介。まさは、箸を持ち、手を合わせてから、料理を口に運ぶ。その間、京介は正座をして、待機する。

「なぁ、京介」
「はい」
「山…行ってもいいのかな」
「そうですね。小屋の方、準備しておきます」
「あぁ」

その時だった。まさのマンションを誰かが訪ねてきた。
京介が直ぐに応対する。

「満。……って、姉さんまで」

そこには、満と、まさと親密な仲の女性が居た。

「京介ちゃんが、作ったんだ。…私の出番…無し?」
「あっ、いいえ、その…兄貴が…それに、親分に…。…って、姉さんっ!」

京介の言葉を無視して、女性が部屋へと入っていく。

「まさちゃん、調子はどう?」
「……夕子(ゆうこ)姉さん、どうしたんですかっ!」

驚いたように声を挙げ、立ち上がるまさ。

「まさちゃんが帰ってきたと言うのに、顔を見せてくれないからぁ」
「あっ、その…すみません」
「京介ちゃん、後は私がするからいいよ」
「…その…お願いしますっ!」

満に促され、京介は自分のコートを手にとって、直ぐに部屋を出て行った。
京介がドアを閉めた途端、女性の甘い声が聞こえてくる。

「って、兄貴は、未だ…」
「姉さんだって、解ってるって。久しぶりに逢ったからさぁ」

京介と満は階段を下りながら、話し込んでいた。

「親分がな、そうしろと言ってだな…」

満が言った。

「そうしろって、姉さんに世話をさせろってことか?」
「あぁ。兄貴の代わりを京介に頼んでるだろ。…だけど、お前は
 兄貴の世話の方に力入れるから、組の仕事が疎かになるって、
 親分が心配してだな…」
「そうならないように、気を付けてるんだけどな…。それに、兄貴の
 仕事でも、殺しの方は無理だよ」
「あっ、それは、登に頼んでるよ。あいつは、ほら…」
「まぁ、『歩く武器庫』って異名が付いてるけど…兄貴ほどには…」
「接近戦じゃなかったら、大丈夫だろ?」
「そうだけどさ…」
「兄貴のようにはいかないだろうけど…。…京介は知ってたのか?」
「ん?」
「兄貴の心得」
「…知ってるよ。…あの日も、そのつもりだったんだから…」

京介の言うあの日。それは、阿山慶造を狙った日のこと。
まさが、小島隆栄の刃に倒れた日のこと…。

「だけど、小島にとっては、そうじゃなかったみたいだから…」

京介の表情が暗くなる。

俺が付いていれば…。

まさが重傷を負う事は無かった。常にその想いがこみ上げる京介。そんな京介を強引に車に乗せる満。

「ほら、親分が待ってるんだって」
「あがぁ、解ったよ。…ったく」

満はアクセルを踏んだ。

「兄貴……大丈夫かな…」
「姉さんが常に連絡くれるから、大丈夫だって」
「姉さんも仕事…あるんだろ?」
「暫くは休むってさ。親分の行為に、ママさんの優しさも」
「それもこれも、兄貴のため…か。…やっぱり兄貴って、すごいよな」
「あぁ。何に付けても…な」

二人の乗った車は、天地組組事務所に向かって走っていった。


まさの部屋。
夕子が、食器を洗い終え、こたつに振り返る。こたつの側にあるベッドでは、まさが眠っていた。夕子は、そっと近づき、まさの頭を撫でていた。
その手を掴まれる。

「姉さん…」
「なぁに、まさちゃん」
「いつまで?」

甘えた声で、まさが言った。

「まさちゃんが、帰れというまで居るから」
「……言えないよ…。それに、仕事…」
「私の方は、大丈夫よ。まさちゃんの側に居てあげろって、言われたもん」
「親分から?」

夕子は、嬉しそうに頷いた。

「でも、俺…」
「体に負担を掛けることはしないから」
「…いや、その……俺が耐えられませんよ…」

照れたように言ったまさ。それ以上に照れたのは、夕子の方だった。
まさは、体を起こし、素早く夕子の体をベッドに押し倒した。

「…って、まさちゃん」
「側に居てくれるだけでいいから…」

まさは、夕子を抱きしめ、そのまま寝入ってしまった。

「…まさちゃん?? …ったくぅ」

ちょっぴり期待をした夕子。まさの寝息を聞いて、がっかりしたものの、まさの体調を考えて、そのまま身を任せて、同じように眠りに就いた。
夕子の生活習慣は、朝夜逆転だった。昼間は、夕子にとって、夜に当たる。まさは、夕子の体調を考えたのか、ゆっくりと寝るようにと促していたのだった。



夕子は、シャワーを浴びて、体の水分を拭き取った。そして、服を着て、部屋へとやって来る。
ベッドには、まさが上半身裸で横たわっていた。
胸元に残る傷跡。
医学の勉強のためにと出て行く前の日に抱かれたっきり、久しぶりに味わった時間。あの日と今日の違いは、その胸元にある傷跡だけ。それ以外は、全く変わっていないまさを知り、夕子は安心していた。
将来を誓い合った仲ではない。
それに夕子は、他の男たちとも肌を触れ合わせている。
一人に絞る事はできない体…仕事。
その中でも、まさのことが気になる夕子だった。
親分から聞いた、まさのこと。

他にもたくさん女性が居るのに、お前しか抱かない。

それは、なぜなのか、夕子は知らなかった。
まさに尋ねたくても出来なかった。
自分を抱くときのまさの表情が気になっていたから…。
一心不乱に抱いている…。

「まさちゃん、起きてる?」
「…ん…起きてるけど…だるいかな…」
「無理するからよ」

そう言いながら、ベッドに腰を掛ける夕子。
そんな夕子の腰に抱きつくまさ。

「…もっと…」
「駄目。まさちゃんの体調が悪化したら、私が怒られるもん」
「…大丈夫なのになぁ。…今夜の仕事はぁ?」
「無いよ。暫く、まさちゃんと一緒だって言ったでしょぉ。…それとも、嫌?」

まさは、横に首を振る。

「ったく…甘えん坊。いくつになったのよぉ」
「いくつになっても、男は甘えるもんだよ…」
「きゃっ!」

まさは、夕子を押し倒す。

「まさちゃんっ!」
「………!」
「えっ?」
「……一人にしないでくれ……」

寂しそうに呟いたまさ。

「まさちゃん?」

今までに聞いた事のない、まさの呟き。まさは、震えていた。
夕子は、その震えを停めるかのように、力強く抱きしめた。


まさは、その夜、とある場所に電話を掛ける。

「もしもし。……原田…です。…はい。元気に過ごしてます。しかし、
 未だ、思うようには動かせませんので…はい。…それは……」
『それでもいいから、戻ってこいよ』
「しかし、私の正体は…」
『誰も知らないって。それに、俺にとって、原田君は、大切な助手。
 いつまでも待ってるからな』
「でも、私は…」
『気にするな。…おっと、すまん。急患だ。…兎に角、絶対に戻って来いよ』
「…ありがとうございます…」

まさは、受話器を置き、大きく息を吐いた後、隣に眠る夕子に目をやった。

……やりすぎたかな…。

自分の体調よりも気持ちに負けた事、ちょっぴり反省するまさだった。





橋病院・手術室。
ランプが消え、雅春が出てきた。そこで待機している家族に何かを告げる。
家族は、ホッとしたような表情になり、雅春に深々と頭を下げた。雅春は、その足で、事務室へと向かっていく。ドアを開け、中へ入った途端…。

「………あのなぁ、勝手に入るなと何度も言ってるだろがっ!」
「すまん〜」

恐縮そうに言ったのは、雅春の事務所にこっそりと入ってきた春樹だった。春樹は、体中、真っ赤に染まっている。

「大丈夫か?」
「あぁ。…帰りに襲われただけだよ。ほとんどが返り血」

雅春は春樹をベッドに寝かしつけ、服を脱がした。

「…って、真北、刺されてるだろが」
「浅いって」
「深い。すぐ手術する」
「…って、それじゃ、今夜帰られないだろがっ!」
「張り込みとでも言っておけ」
「あっ、いや、それは…」

春樹の言葉を無視してまで、雅春は内線を掛ける。それと同時にドアが開き、二人の刑事が入ってきた。

「真北っ!」
「……って、誰だ?」

受話器を置きながら、警戒する雅春に、春樹が応える。

「同期の刑事。ごっついのが鹿居で、ちっこいのが滝谷」
「…あのなぁ、そういう紹介は止めろと言ってるだろがっ!」

声を揃える二人の刑事。
ごっついと言われたのは、鹿居宏樹(かいこうき)という刑事で、常に春樹と行動を共にしている者だった。そして、ちっこい方が、滝谷泉龍(たきだにせんりゅう)という刑事で、出世を目指す男だった。

「真北の容態はどうですか? すみません、俺…停められずに…」
「…訳は後で聞く。兎に角急ぐ」

ストレッチャーを押して事務室に入ってきた看護婦に、何かを告げ、ストレッチャーに真北を移し、押しながら雅春は事務室を出て行った。鹿居と滝谷も付いていく。

「二日ほど入院させるから、それとなく家族に伝えてくれないか?」

雅春が二人に告げる。

「はい」
「鹿居さぁん、張り込み…な」

そう言った途端、眠りに就く春樹。

「真北?」
「麻酔が効いてるだけだ。すぐに行く」

手術室に運び込まれるストレッチャーを見届けた雅春は、歩みを停め、二人に振り返った。

「襲われたんだろ?」
「はい」
「相手は、闘蛇組か?」
「…その通りです」
「お前ら二人で出来るか?」
「何をですか?」
「真北を襲った奴らを抑えることだ」
「それは、上の命令が無ければできません…」

滝谷が応える。

「真北は、そんなことも気にせずに抑えるぞ」
「その為に、いつも…」
「あいつなら、明日にでも、向かうぞ。それこそ厄介だろうが」

雅春の言葉に、ハッとする二人。

「そうですね。解りました。…真北のこと、お願いします」

そう言って、鹿居と滝谷は、手術室前から去っていく。
雅春は、二人を見届けた後、手術室へと入っていった。



春樹は、日の光の眩しさで目を覚ます。
腕には点滴を施され、ベッドに抑制されていた。

橋のやろぉ〜。

「こら、無理するな」

声を耳にした春樹は、目をやった。

「…鈴本さん…」
「ったく、鹿居くんから連絡受けた時は、本当に心配したんだから…」
「すみません………で、どうして?」
「そりゃぁ、橋先生から厳しく言われたのでね」
「橋が?」
「襲った連中の名前を聞いてね」
「…そうですか…」
「だから、言っただろ? やりすぎだ…って」
「それでも…」

それでも、あいつらだけは…。

「春樹くんの気持ち、解ってるから。芯くんの事件で露わになった
 薬関連を根絶したいということくらい…。でもな、今はまだ…」
「そう言って、のんびり構えていては、芯の二の舞…いいえ、
 同じような者が出てしまう。だから、出来るうちに…」

春樹の声は震えていた。

「それは、春樹君の仕事じゃない。…真北先輩の意志を継いだ
 私の仕事ですよ。だから、春樹君は、先輩たちに言われた仕事を
 難なくこなしていくだけでいい」
「嫌です。…俺も…」
「これ以上、鹿居くんや滝谷くんに心配させないように。そして、
 橋先生にもですよ。…腹の傷…かなり酷かったみたいだよ。
 三日の入院で大丈夫と、高をくくっていたらしいね。反省してたよ」
「そう…なんですか?」
「あぁ。一週間の入院は必要だと。…だから……」

鈴本が、そう言った時だった。病室のドアが開き、親子が飛び込んでくる。

「兄ちゃんっ!!」
「芯…お袋…」

春樹の弟・芯と母・春奈が入ってきた。

「鈴本さん、来てらしたんですか。いつもお世話になります」

春奈は、深々と頭を下げる。芯は、春樹の側に立ち、心配そうな表情をしていた。

「…兄ちゃん」
「芯、挨拶は?」
「…鈴本さん、おはようございます」
「おはよう、芯くん。お兄ちゃん、心配ないって」
「でも…」

ちらりと振り返る芯。そんな芯を見て、春樹は微笑んでいた。

「犯人とやりあってね…お兄ちゃん、負けちゃった」

春樹が言った。

「やっつける…」

芯が応える。

「まだ、続きがあるよ。鈴本さんが、代わりにやっつけてくれたから」
「本当?」

芯の声に嬉しさが含まれる。

「あぁ。犯人は、捕まえたから」

鈴本の話は本当だった。
春樹が襲われたと連絡を受けた途端、春樹の父・良樹顔負けの素早い行動で、春樹を襲った闘蛇組の組員達を引っ捕らえていた。その報告を兼ねて、病院へと足を運んだのだった。

「ありがとうございました」
「それが、私の仕事だからね。芯くんは、しっかりと勉強して、
 先生になるように」
「はい。鈴本さん」
「良い返事だ」

鈴本は、芯の頭をしっかりと撫でる。

「一週間は、動かないように。……橋先生にも念を押されてるからね」

優しく声を掛ける鈴本。しかし、そこには、『絶対に動くな』という意味が含まれている。それに気付いている春樹は、安心しきった芯の笑顔を見て、素直に従うしかなかった。

「心得てます」
「それじゃぁ、私はこれで。…仕事残ってるんでね」
「ありがとうございました」

春樹が言った。
鈴本は、春樹に笑顔を見せて病室を出て行く。その後を春奈が追う。

「鈴本さん」
「春樹君を襲ったのは、闘蛇組の連中ですよ」
「やはり…」
「芯くんに使った例の薬を根絶やししようと躍起になってるみたいです。
 上からも言われてるんですけどね。勤務時間とは別に動いているみたいでね。
 まさか、帰宅途中に襲ってくるとは…」
「深かったんですよね」
「えぇ。平気なようですけど、相当きついかもしれませんね」
「そうですか」
「でもご安心を。ここに来ないように外で抑えましたし、影で見張ってますから」
「いつもすみません」
「いいえ。我々特殊任務の者は、春樹君の行動に一目置いてますから」
「…?!???」

鈴本の言葉の意味を把握出来ない春奈は首を傾げた。

「春樹君、どこで情報を手に入れるのか解らないけど、春樹君の
 行動を見張っていたら、我々が手を焼いている連中に到達しますからね。
 本当に驚きますよ」
「…それって、誉め言葉?」
「あっ、いいえ、その…。……兎に角、春樹君が退院する前に
 終わらせておきます」
「本当に…お願いします」
「任せて下さい。では、これで」
「はい」

春奈は深々と頭を下げて、鈴本を見送った。
病室に入ると……。

「…これ、芯っ!」

芯は、春樹のベッドに腰を掛け、春樹と話し込んでいた。

「あっ、すみません…」

春奈に言われて直ぐにベッドから降りる芯。

「明日まで休みだから、一日居るからね、春樹」
「あの、ここは、完全看護…」

そこまで言った時、春奈の言いたい事に気付く春樹。

芯がうるさくて…。
はぁ、そうですか…。

目で会話をする母と息子。そんな雰囲気に全く気付かず、芯は、春樹の手をしっかりと握りしめていた。

「芯、勉強は?」
「夕べのうちに、予習まで終わりました」
「それなら、久しぶりに一緒に居る事ができるんだな」
「はい。久しぶりに、楽しいお話聞かせてください」
「そうだな。どの話しにしようか…」

春樹の表情が、『兄』へと変わる瞬間。それは、春奈が一番安心する瞬間でもあった。
仲良し兄弟が話している姿を横目で見ながら、春奈は、春樹の為に持ってきた荷物を整頓する。

どこで情報を手に入れるのか…。

先程、鈴本が言った言葉を思い出す春奈は、ちらりと春樹に目をやった。



「動いても良い。だけど、退院はさせない」

雅春の言葉に素直に従う春樹。その日は天気も良かった為、病院の庭を歩いていた。
春樹が歩く道の向かいから一人の男が歩いてくる。春樹は、辺りの様子を伺った後、人気のない木の陰へと向かって行った。もちろん、男も付いていく…。

「歩き回って大丈夫なのか?」

男が声を掛けてきた。

「軽いものだって。油断していたよ。…で、例の情報は?」
「これが残りのものだ。後は、全国に渡ってるぞ」
「そんなに広がっていたのか?」
「あぁ。これは、外国の代物だな。黒崎組の製薬会社が密かに
 解毒剤を作っているようだな」
「それは、裏でのことなのか?」
「そこまでは、情報が入らない」
「そうか…」

春樹は、男から封筒を受け取り、そっとポケットにしまい込んだ。

「それと、全国に渡っている分は、鈴本刑事たちが始めたらしいよ。
 恐らく、真北…あんたの先手を行くつもりなんだろうな」
「……ったく…」
「あんたも、こっちは止めて、表で動いていた方がいい。狙われるぞ」
「いいんだよ。奴らは絶対に許さない」

春樹の声に怒りが籠もる…。

「ところで、最近、密かに騒がしいらしいが…例の組」
「そうだな。あの事件の後から、激しさが増してるよ」
「そっちの動きも知りたい」
「それは……」

男は口を噤む。

「無理なのか?」
「あぁ。すまない」
「そうか。…まぁ、そのうち、情報が手に入るだろうな。…ありがとよ、優雅」
「ったく、俺の情報を何処から手に入れたんだよ」
「闘蛇組組員からだよ。取り調べの最中にね」
「…そっちの人間で俺に情報をもらおうとする奴は、真北、あんたが
 初めてだな。…まぁ、俺もやりやすくなるって事で、嬉しいけどよ。
 ほら、これ」

優雅は小さな包みを春樹に差し出す。

「ん?」
「お見舞いだ」
「……サンキュウ…」

何か解らないまま受け取る春樹だった。

「じゃぁ、これで。…おっと、真北さんよぉ」
「ん?」
「これ、所持しとけよ。そうすりゃ、もう襲われないだろ?」

優雅は、銃の形を手で現していた。

「…そうだな…。じゃぁ、また連絡するよ」

そう言って、春樹は木陰から出てくる。そして、何事も無かったように庭を歩き始めた。
優雅の姿は、いつの間にか、消えていた。


春樹は、病室に戻ってきた。そして、優雅から受け取った封筒を開け、中に入っている書類に目を通し始めた。そして、頭にたたき込んだ後、同封されていた紙を書類に当て、水を掛けた。
文字は消えていた。
何事も無かったように、ベッドに腰を掛ける春樹。

あっ、そっか。

お見舞いとして受け取った物を思い出し、包みを開けた。
そこには、小さなバイアル瓶が入っていた。中には液体がたっぷりと入っている。
メモも入っていた。

『役に立つか解らないが、弟さんの為に使え。
 例の薬の解毒剤だ。黒崎から入手したものだ。
 試作段階だから、結果は保証しないがな』

「優雅のやろう……」

春樹は、瓶を見つめながら、何かを考え込んでいた。
そこへ雅春が入ってきた。

「どうだ、調子は」
「ん〜。まし」
「…それは?」

春樹の手にある瓶に気付き、雅春が尋ねる。

「ちょっとな、黒崎っていう奴から入手したんだけどな…」
「……裏の薬か?」
「芯に打たれた薬の解毒剤…試作段階らしいけどな……なぁ、橋。
 試してもらえるのか?」
「ラボで調べてからじゃないと出来ないぞ。それに、今は落ち着いてるだろ?」
「それは、俺の術の効果だろ?」
「…まぁ、そうだけど、下手にいじって悪化したらどうするんだよ。また
 術を使うのか? これ以上、弟の体に無茶をさせるなっ」
「…解ったよ……でも、これ…」

静かに差し出す春樹。雅春は、そっと手を出し受け取った。

「期待はするなよ。……で、退院するか?」

春樹の雰囲気がどことなく違っている事に気付いた雅春が声を掛ける。

「…いいのか?」

凄く期待した目に変わった春樹。それを見て、雅春は…。

「やっぱり、駄目。あと三日」
「あのなぁ〜」

雅春の言葉に肩の力を落とした春樹だった。




高級料亭・笹川。
客が暖簾をくぐっていった。

「いらっしゃいませ。御予約の岩阪様ですね」
「はい。こんにちは、お世話になります」
「どうぞ、ご案内致します」
「はい」

客は、案内されて、奥へと入っていく。

「お姉さん、新しく入った人?」
「そうなるのでしょうか。この時期忙しいのでお手伝いに来ただけです」
「お名前聞いてもよろしいんですか?」
「ちさとと申します。でも、この時期だけですので、次、お会い出来るかは…」
「そうだね…。でも、今日はお世話になれるのかな?」
「私はご案内だけですので。いつものように、女将さんが来られます」
「そっか。なんだか、残念だな」
「こちらです」
「ありがとう。…女将さんの笑顔も素敵だけど、ちさとさんの笑顔の方が
 なんだろう、心が和むよ。これからの料理が更に楽しみになる…そういう
 感じだよね」
「ありがとうございます。では、すぐに、お持ち致します。それでは、ごゆっくり
 おくつろぎくださいませ。失礼します」

ちさとは、丁寧に頭を下げて、部屋の戸を閉めた。そして、再び玄関へと歩いていく。廊下を曲がった時だった。

「あら、あなた」
「よぅ、どうしてるかなぁと思ってな」

廊下の角・それも阿山組組本部と繋がっている秘密の廊下の所に、慶造が立っていた。

「今日は早いのね」
「いいや、その…夕方から会食があるんだよ。その連絡」
「猪熊さんもご一緒なの?」
「あぁ。親分衆の集まりだから、一人付けていける」
「それなら…安心です」
「すまんな。明日になると思う」
「無理なさらないでね」
「ありがと。…どうだ、仕事」
「う〜ん。お客様のご案内だけなので、楽だけど……こんなのでいいのかな?」
「いいんだよ、それで。料理作るには、笹崎さんがうるさいだろうし…」
「そうですね」

仲良く話している二人の耳に、組員の声が届く。

「あなた、探してますよ」
「そうだな。…ったく。じゃぁ、行くよ」
「お気を付けて」

慶造は後ろ手を挙げて、本部へ向かって歩いていった。その後ろ姿を見つめるちさとは、気を取り直して、仕事に戻る。

「さぁてと。次は……」

小さなメモを取り出して、予約客を確認するちさとだった。



本部に戻った慶造の姿を見つけた組員が慌てて駆け寄ってくる。

「四代目、どちらにおられたんですか。そろそろ出発しないと…」
「解ってるって。すぐに準備に入るから、そう急かすな」
「す、すみません」

深々と頭を下げる組員だった。


慶造は、服を着替えながら、先程、笹崎の料亭で働いていた、ちさとの姿を思い出していた。

笑顔の仕事をしていたら、少しずつでも……。
その為には、一刻も早く…。

慶造の眼差しの奥に、何かが光っていた。



(2004.6.1 第三部 第十五話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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