任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第九話 古(いにしえ)の感情

天地山ホテル。
真子が、まさの車から降りてきた。ドアボーイが、まさと真子に気が付き、優しく迎え入れる。
フロント係のかおりが駆け寄ってくる。

「支配人、お電話が入っております」
「ありがとう。お嬢様を医療室へご案内してください」
「かしこまりました。真子ちゃん、こんにちは」
「こんにちは」

ちょっぴり元気のない真子に気が付いたかおりは、真子に少しだけ話しながら、医療室へ真子を案内した。


「もしもし…、まさちんか…。何かあったのか?」
『組長…見かけてないか? その…また……』

まさちんの声は、少し震えていた。

「…みえてないよ。見かけたら、連絡しようか?」
『…だったら、いいよ。ありがとう』
「…傷なら、手当てしておくよ」

まさは、そう言って電話を切り、医療室へ向かった。



切れた電話を見つめるまさちんは、不思議な表情になっていた。

「傷の手当て? …なるほど…わかったよ」

まさちんは、まさの謎めいた(?)言葉を直ぐに理解する。そして、出掛ける準備を始めた。

「…俺も行くよ」

出掛ける準備をしているまさちんの後ろから、そっと声を掛ける、くまはち。

「…どうした、いきなり…」
「あぁ、そのな…まさの事が気になってな…」
「まさに何かあるのか?」

くまはちの後ろからは、北野が顔を出す。

「原田が居た組の者が、原田の事に気が付いたようなんだよ」
「…どういうことだ?」

まさちんは、まさの過去のことは、詳しく聞いた事がないかった。『殺しのまさ』と呼ばれていたくらいしか知らなかったのだ。

「先代がな、原田には足を洗って欲しかったらしくてな、
 その…組長の為にあの天地山を残しておきたかったんだろうよ。
 それで、天地山に一番詳しい原田をカタギにしようということで、
 一計を講じてるんだよ。『殺しの原田は死んだ』とね」
「…あいつには、何か不思議な所があるように思えたけど、
 やっぱりあったんだな…。で、どうするんだ?」
「お前は、組長を。俺は、まさを守る。くまはちは、組長と
 天地山…だよな」

北野が言った。

「そうだな……久しぶりに、腕が鳴るよぉ!」

くまはちは、何故か張り切っている。
すっかり真子の怒りのことを忘れている雰囲気…。
まさちんは、北野の言葉に疑問をもったのか、不思議な顔をして尋ねる。

「北野…どういうことだよ。組長を守るということは、
 兎も角、なんで、まさと天地山…なんだよ…」
「先代のご命令だよ。まさを守ることも天地山を守ることも
 全て、組長の為になるんだよ」

北野は自信たっぷりに返答した。それでも、まさちんは煮え切らない様子だった。

組長の為に、まさを守る?!
意味…解らん……。

まさちんは、ちょっぴり首を傾げていた。




「一体、何があったんですか? まさちんから電話が
 ありましたよ。何やら恐怖に満ちた声でしたけど」

まさが、真子の傷口の縫合をしながら、優しく話しかける。真子は、縫合する手さばきをじっと見つめていた。
その手さばきは、流れるように美しい。

「お嬢様は見かけてないと言っておきましたから」
「流石だね。父が欲しがっていたのも解る気がする」

真子は話を逸らした。
あまり触れて欲しくない事が解っているまさは、

「はい、終わりました」

と、包帯まで巻き終えていた。

「ありがと」

真子は、腕を動かす。

「駄目ですよ! 暫くは安静です」
「はぁい。…医者の方が、よかった? …支配人より…」
「いいえ、この仕事の方が合ってますから」

まさは、優しく微笑んで応えた。

「その腕もったいなかったなぁって、橋先生が言ってたよ。
 原田の奴も医者になればよかったのになって」
「橋さんも更に腕を上げたようですから。…医者ですか…」

まさは、何かを思いだしたような表情をなる。

「でも、私は…」
「…ごめんなさい…このお話…まささん…」
「気になさらないでください。それよりも、今日はお部屋の方で
 じっとお休みください。…何もお考えにならずに」
「はぁい」
「お部屋までお送り致します」
「いいよ。大丈夫。一人で行くから。…お休み!」
「お休みなさい」

まさは、真子を見送って、支配人室へ入っていった。そして、受話器を取る。

「俺だよ」

電話の相手は、まさちんだった。

『どうなんだよ、傷の具合は』
「縫合しておいたよ。ったく、あれは、刀傷だろ。
 それも相手は、剣の達人…山中だな…? 一体…」
『組長が、暴走したんだよ』
「暴走? なぜ?」
『組長が、学祭の打ち上げで…学生の姿の時に、襲われた
 こと、知ってるよな』
「あぁ」
『それで、その現場に居合わせた水木が、真北さんと相談して
 組長を、この世界から遠ざけようと案を出したんだよ。
 それも、組長に…内緒でな…』
「そりゃぁ、お嬢様も怒るだろ」
『仕方ないだろう、そうするしか…組長を守るには、
 そうするしかないと思ったんだからな』
「…あのなぁ、お嬢様に内緒でということが、そもそも
 悪いことだろ? …俺でも怒るよ」
『まさぁ、…頼んだよ…俺達じゃ、もう…』
「任せておけって」

ふと、窓の外に目をやったまさ。そこには…。

『あっ、それとな…』
「…悪い! お嬢様を追いかけないと! あの傷での
 雪山は、まだ、早いのにぃ〜。すまんな」

まさは、まさちんの言葉を遮って電話を切った。窓の外に見えるリフト乗り場に向かって、歩いていく真子の姿を見つけたまさは、内線を掛けた。

「お嬢様を引き留めておけ!」

そして、まさは、事務所を出て、リフト乗り場に向かって走り出す。


「…暫くはいけませんと申し上げたでしょう!」
「…景色みたいもん…」

真子はふくれっ面…。
ちょっぴり項垂れるまさは、

「わかりました。ご一緒致します。でも、少しだけですよ」

渋々承諾する。

「はぁい」

そして、まさと真子は、天地山の頂上から、素敵な景色を眺めていた。
真子はどことなく、寂しそうな表情をしていた……。


雪が降ってきた。
まさは、自分が着ているコートを、真子の肩にそっと掛ける。真子は、振り返った。

「そろそろ、戻ろうか」
「珍しいこともありますね。お嬢様からそのような言葉が出るとは」
「…そんな言い方しないでよぉ。このままだったら
 まささんが、風邪引くじゃないかよぉ」

真子はふくれっ面になっていた。
真子の表情を見て、少し安心したのか、まさは、

「戻りましょう」

と優しく応えた。
そして、まさと真子は、チラチラと降る雪の中、頂上を降りていった。



次の日。
まさちん、くまはち、そして、北野と阿山組本部にいる若い衆が六人、天地山最寄りの駅に降り立った。
雪が激しく降っていた。
それぞれが、それぞれの思いを抱いて、改札を出ていき、駅舎の外へ出る。

「……」
「………」
「…タクシーか?」

北野が呟くように言った。

「それしかないだろ…」

まさちんが、静かに応える。

「レンタカーの方が…」

ちょっぴり恐縮そうに、若い衆が言うと、

「見つからないようにホテルに行かなあかんぞ」

ちょっぴり怒った口調で、くまはちが言った。

「…レンタカーだったら、…誰が運転ですか?」

若い衆が尋ねる。

「…雪上の運転に慣れている奴なんて…おらんやろ…」

やっと大切な事に気付いたくまはちが、結論を述べると、

「あぁ…」

全員が納得したように、それぞれが口にする。
そして、激しく降る雪を見つめていた………。
真子を、そして、まさを守るためにやって来たまさちん達は、天地山は、すっかり雪景色だということを忘れていたのだった。

「はふぅ〜〜……」

まさちんたちは、大きなため息を同時に吐き、そして、タクシー乗り場へ脚を向けた。


激しく降る雪の中をゆっくりと走るタクシーの中で、北野が語り出す。

「殺しのまさ…。そう呼ばれていたのは、まだ、先代が
 健在で、組長がお生まれになる前のことだ。その頃の阿山組は、
 この天地山付近を縄張りとする天地組と対立していたんだよ。
 その天地組に居た殺し屋…それが、原田まさだった」

まさちんは、初めて耳にする、阿山組のこと、そして、まさの事を真剣な眼差しで聞いていた。

「原田が狙った奴は必ず死を迎える…。殺しにかけては、右に出る者が
 居ないほどの腕だったんだよ。先代も何度か狙われたそうだ」
「狙われたのに、無事だったのか?」
「それは、…猪熊さん…くまはちの親父さんの腕だよ。な、くまはち」
「ん? …あ、あぁ」

くまはちは、照れたように呟いた。北野は続ける。

「そして…事態は最悪の方向へ…。…先代は、長男を失った…」
「…えっ? 組長に、兄が?」
「あぁ。その事は、組長には、伝えていないはずだ。
 知らなくても…良いことだからさ…」

ちらりとくまはちを見る北野。
くまはちは、聞いてないふりをしていた。

「その事件で阿山組は、報道関係に滅茶苦茶叩かれたそうだよ。それで、
 姐さん…ちさとさんが、その報道関係へたった一人で殴り込んでしまった」
「そんな事が…。それで、組長の母は、組長に、この世界で
 生きて欲しくないと…遠ざけるように育てていたのか…」
「そうなんだよ。姐さんは、それをきっかけに、この世界から
 遠ざかっていた…。だけど……」

タクシー内に沈黙が走り、雪を踏む音だけが聞こえていた。
『だけど…』。その後の言葉は、誰も口にしたくない出来事だった。
それを悟ったのか、まさちんは、その場の雰囲気を変えるかのように、口を開く。

「まさが、足を洗ったのは?」
「組長が生まれる少し前に、真北さんが、阿山組と懇意になり始めた。
 その真北さんの怖さは、刑事をしていた頃から、俺達は知っていた。
 そんな真北さんの力で阿山組は、巨大組織へ……」
「まさか、例の仕事の力で?」
「いいや、その頃は、先代と姐さん、山中さんしか真北さんの
 素性を知らなかった。真北さんは、刑事崩れのやくざだと
 誰もが思っていたからなぁ。俺もだよ」

北野は、更に続けた。

「そして、組長が生まれた。すると、天地組は、まだ生まれて
 間もない組長の命を狙った。それがきっかけとなって、
 再び抗争が始まるかに思えた時だった。
 真北さんは、原田を懐柔したんだよ。先代と話し合い、原田を
 死んだように見せかけた。原田という戦力を失った天地組は、
 あっという間に壊滅…。そして、天地山は阿山組のものになった」

雪の激しさが、少しだけ納まった。
目の前に広大な天地山が見えるほど。

「天地山に詳しい原田が管理することになったんだよ。先代の意志でな…」

何かを思い出したような表情にある北野は、

「あの素晴らしい景色を観ているだけで心が和む…ということだ。
 心の安らぎを大切にしたいとね…」

柔らかな声で、そう言った。

「なぜ、支配人に?」

まさちんが尋ねる。

「組長だよ。まだ幼かった頃、初めて天地山にやって来て、
 原田を観て、『ホテルの偉い人』と言ってきかなかったらしいよ。
 それで、天地山ホテルを建設、開業。
 そのホテルの支配人になったってわけ」
「それで、天地山のゲレンデ中央の喫茶店とか、温泉には、
 それ風の人が居るのか…」
「みんな、まさに助けられて、まさを慕う奴らだよ」

くまはちが、何かを思いだしたような表情で、口を開く。

「…組長も知らない、まさの過去…か…」

まさちんは、窓の外を見つめていた。

「俺も…知らなかったよ」

その呟きは、少し寂しげに聞こえた。


タクシーは、ホテルから少し離れた場所に停まった。そして、まさちん達は、誰にも知られないような感じで、真子を、まさを守る体勢に入る……。




客を装って、まさちんたちは、ホテルのロビーで待機していた。
本来なら、気付かれそうな行為だが、ホテルの従業員は、何やら忙しく動いていた。

「もしかしたら、既に…」

ロビーのソファに腰を掛け、後ろに座るまさちんに、そっと声を掛ける。

「かもしれない」

ちらりと視野に映った従業員の宮田の頬に、青あざがあった。
その時、エレベータホールが、少しざわついた。
まさが、一人の男と一緒に、裏口へと向かって歩いていく姿があった。

「………あいつは…」
「動く武器庫と言われる男…天川登だ…」

くまはちが応える。廊下の角を曲がった時、まさの背には銃が突きつけられている所が見えた。
その場に緊張が走る……が、

「……どうする、北野」
「どうすると言われてもなぁ。くまはち…相手は…原田だろ」
「まぁ、そうだが、昔はそうだっただろうけど、今は違うだろ」
「原田相手に、天川も……何をするつもりだろな」
「………取り敢えず…」
「……………って、のんきに話してる場合じゃないっ!」

真子がロビーに降りてきて、宮田と話した後、その表情が変化したことに気付いた、まさちんが、立ち上がる。
真子は、まさが出て行った裏口へと走っていく。
まさちん、くまはち、そして北野達が、真子を追うように走り出す。
驚いた表情のかおりに、

まかせとけ!

という感じで親指を立てるまさちん。
向かう場所は、天地山エリア3の林………。



エリア3の林の所に、まさと、まさを追いかけてきたやくざ・天川組組長・天川登とその手下達がまさを囲むように立っていた。天川は、その昔、まさを『兄貴』と慕っていたやくざ。まさの行方を探し、そして、こうして顔を見せに来たのだが……。



まさちん達は、木陰でその様子を伺っていた。

「……慌てること……無い…か」

まさちんが呟いた。
その通り。
男達に囲まれても、まさは怯むことなく、落ち着いている。
しかし、天川が、まさの頭に銃を突きつけた。

「…って、やばいって!」
「あん?」
「まさじゃなくて、組ちょっ!!」

叫びそうになったまさちんの口を塞ぐ、くまはち。
まさちんの目には、真子がまさを囲む男達を次々と倒していく姿が映っていた。

「大丈夫だ。まさが……組長を止める」

自信ありげに、くまはちが、まさちんの耳元で言った。
しかし、事態は、最悪な方向へと向かっている様子。まさちんは、くまはちの手をふり解き、胸ぐらを掴み上げた。

「悠長に構えてる場合ちゃうやろがっ!!!」

天川との会話を口の動きで読むまさちん。
天川が、銃を真子に向けた途端、引き金を引いた。
しかし、銃口は、まさの手によって、空に向けられていた。
そのまさの表情が徐々に変化していく。
まさちんは、体に突き刺さる何かに反応する。

「…あれが……まさの昔のオーラなのか?」

まさちんの目に映る、まさの表情は、その昔『殺しのまさ』と呼ばれていた頃のものになっていた。

「いや、あれは……まだ抑えてるよ」

北野が応えた。

「だけど……あの状況は……」

まさの蹴りが、天川の鳩尾に入った。
武器を取り上げられた天川だが、体のあちこちから、武器を取り出し、まさに向かっていく。

「…………本当に武器庫みたいな男だな……」

天川の噂は耳にしていたが、実際に、目の前で見るのは初めての北野が呟く。

まさが反撃に出た。天川の武器をいとも簡単に取り上げていく。
真子が叫んだ。
その瞬間!!!!
天川が差し出したナイフが、まさの腹部に突き刺さった。
突然のことで、天川自身も驚いたのか、後ずさりしていた。
そして、青い光が、その場を包み込んだ。

「しまった……!!!」

真子の青い光の後には、必ず、赤い光が現れる。
それを知っているまさちんたちは、木陰から飛び出した。
間一髪……!!!
真子が、天川に拳を振り上げたと同時に、まさちんの蹴りが、天川の背中と後頭部に炸裂!

……まさちん、やりすぎ…。

まさちんにちょっぴり遅れを取った、くまはちが言いたい言葉をグッと堪える。
天川が、ゆっくりと前のめりに倒れていく。そして、真子の姿が目の前に……。

「まさちん…」
「……ご無事ですね、組長」
「…うん。あっ!」

真子は、振り返って、まさを見る。まさは、安心した表情で真子を見ていた。真子もなぜか安心してまさを見ていた…が、気を失って倒れた。良いタイミングで、まさちんが真子を支える。

「組長…熱? 熱が高いぞ」

まさちんが言うと、まさが真子に駆け寄ってくる。その時、かおり達ホテルの従業員も心配して、エリア3に駆けつけてきた。

「支配人!!」
「君たち…」

かおりが泣きながら、まさに近づいていた。

「ご無事で……よかったです…」
「心配をかけて、すまなかった…」

まさは、かおり達従業員に心配をかけてしまったことを恥じていた。
その表情からは、やくざな雰囲気は消えていた……。


まさたちの様子を見ながら、まさちんは真子を抱きかかえる。
くまはちに振り返ると、

「処理は俺達でしておくから」

そう言って、くまはちと北野たちは、雪の上で気を失っている天川組の組員達を引っ捕らえて、何処かへ去っていった。

「……って、真北さんに報告は……俺……??」

項垂れながら、まさちんは真子を抱きかかえて、天地山ホテルへと戻っていった。


エレベータに乗っている時、真子が目を覚ます。

「…まさちん…。まささんの様子は?」
「変わりありませんよ」

まさちんは、優しく語りかけた。

「だって…まささんは……支配人なんだも…ん…」

真子は、呟いた。
エレベータは八階に到着し、まさちんは、真子の部屋へ向かっていった。

「ごゆっくりお休み下さい」
「うん……」

真子は、直ぐに眠りに就く。まさちんが部屋を出たところ、廊下には、かおり達が心配顔で真子の様子を見に来ていた。

「かおりちゃん」
「まさちんさん、真子ちゃんの具合はどう?」
「大丈夫だよ。いろいろあったから、疲れで熱が出ただけだから。
 それより、まさは?」
「支配人は、暫く一人に…と…」
「そうか…」


その頃、まさは、支配人室のドアの鍵を閉め、その場に佇んでいた。

まさか…まだ残っているとは……。

両手を見つめるまさ。
長年忘れていた感覚とはいえ、自分の中に、まだ、その姿が残っているということを悔やんでいた。
重い足取りで、デスクに向かい、そして、座る。
引き出しを開けた。
そこには、真子の写真が入っていた。
天地山の頂上で撮影した、まばゆいくらいの笑顔を現している真子の写真。

「お嬢様……ありがとうございます……」

まさは、そっと服をめくり、天川に刺された箇所を診た。
そこには、傷は見あたらなかった。

「青い…光…か……」

まさは、引き出しをそっと閉め、そして、天井を見て、ため息をついた。


真夜中。
真子は、目を覚ました。そして、布団から両手を出し、右腕の包帯を解く。
そこにあるはずの傷…山中に斬られた深い傷は、かすり傷のようにうっすらと残っているだけだった…。
青い光は、真子自身にも影響しているのか?


まさちんは、自分の部屋から真子の部屋に通じるドアの所に立ったまま、真子の様子を伺っていた。一睡もしないまま、朝を迎えた。
真子は、昨日の疲れから、まだ、ぐっすりと眠っていた。
真子の様子を伺った後、まさちんは、まさの事務所に向かって歩いていく。すると、まさが、事務所から出てきた。
廊下を歩いてるまさちんとすれ違う。

鈍い音がした。

「組長に、心配をかけさせるなよ」

まさちんが、ドスの効いた声で、まさの耳元で呟いた。

「…わかってるよ」

まさもまさちんの耳元で、ドスを効かせて言う。
鈍い音の正体は、まさちんが、まさの腹部目掛けて、拳を入れたところ、まさは、それを手のひらで受けていたものだった。
まさちんの怒りを見事に交わしたまさ。
そのまさも、まさちんの腹部に拳を入れた。
まさちんもきっちり、手のひらで受け止めていた。

「お嬢様に隠し事は…よくないよなぁ」
「…覚悟はできてるよ…」

そう言って二人は、反対方向に歩いていった。
お互い拳を受け止めた手を振りながら…。……かなり、痛かったらしい……。




「真子ちゃん、起きて大丈夫なの?」
「大丈夫だよぉ〜!!」

昼が過ぎた頃。
真子は、受付の前を通って、天地山の頂上に向かっていった。

「ったく、お嬢様はぁ〜」

まさは、リフトに乗っていく真子を窓から見つめていた。
その表情は、とても柔らかかった。しかし、それは、呆れ顔に変わる。

「しょうがねぇ奴だな…」

まさが見つめるその先には、真子の後をこっそりと付いていくまさちんの姿があった。




新年を迎えた。
真子の怒りは、納まっていないのか、本部に戻らず、天地山で過ごしていた。スキーウェアに着替え、スキーの板とストックを持ってホテルから出てきた。表に出ると、まさちんが真子を待っていたかのように近づいてくる。

「組長、本部へお戻りになってください」
「嫌なこった。山中さんに任せとけば?」
「組長……。その……腕の傷は?」
「んなもん、治ってるって」

そう言って真子は、さっさとリフトに向かって行った。
まさちんはため息をついて、諦め顔でホテルへ戻っていく。この様子を見ていたまさが、まさちんに近づいてきた。

「…まさ、…どうしたら、いいんだよ」

まさちんは、真子がリフトで上に向かう姿を見つめながら、まさに嘆く。

「なんとかなるって。暫くそっとしていたらいいんだよ。
 お嬢様だって、引っ込みがつかないんだよ。能力でもなく、
 本能でもなく、組長として、怒ったことだからね」
「…だけど…」
「それと……」

まさが、目をやった所には、真北が立っていた。
本部でのことを山中から聞いた真北は、まさとまさちんの様子を見て、何も言わずにゲレンデへ向かっていった。そして、斜面を滑ってくる真子を見つけ、近づく。
真子は、雪煙と共に、真北の目の前で停まった。

「危ないよ、こんなところに突っ立ってたら」

冷たく真子が言う。

「…組長、今回の一件は、すべて、私の一存です。山中を始め、
 まさちんや、組員には、私からお願いしたことなんです。
 …ですから、組員に怒らず、私に怒って下さい。怒りをぶつけて下さい」

真子は、サングラスを外し、真北を睨む。そして、ストックの先を真北に向けた。真北の足下から徐々に上に向かって上がっていくストックは、真北の首のところでピタっと停まる。
真北は、ただ、真子を見つめているだけだった。

「私のことを思っての行動。嬉しいけど…感謝してるけど…
 私に内緒でってことが、許せないだけ…。言い出しっぺが
 わかった…。真北さんだったんだ…」

真子の眼差しが、本部でまさちんに見せた、あの殺人を楽しむようなものへと変わっていく…。

「さぁて、どうしようかなぁ〜。ふふふ…!」

真子は、不気味に笑っていた。
ストックの先が、真北の喉にぴったりと突きつけられた。そして、徐々に首にめり込んでいく…。
真北は、何もせず、ただ、突っ立ているだけだった…。

あの目は!!

真子と真北の様子を見ていたまさちんは、真子の目を見て、本部での事を思い出したのか、突然駆け出した。

「組長!!」

何かを止めるかのように、真子を呼ぶ。

「…凶器に使うと思う? 人を痛めつけると思ってる?
 私が、そんなことするとでも思ってるの? まさちん…ひどいな」
「く、組長…そ、それは……」

真子は、まさちんを睨み付けて、そして、真北の喉からストックを放し、雪に突き刺した。そして、スキーを脱ぎ、担いでその場を去っていった。
真北とまさちんは、その場に立ちつくしたまま、真子を見つめていた。


「お嬢様、お戻りになるんですね」

ホテルの前に居たまさが、そっと真子に言った。

「…いつもありがとね、まささん」

真子は、優しく微笑んでいた。その笑みは、心が和むもの。

「だって、私、阿山組の組長だもん。しっかりとみんなを教育しないとね」
「頑張って下さい」

まさも、真子に負けないくらいの素敵な笑顔で応えた。



それから一時間後…。
まさの事務室には、真北が居た。まさは、お茶を差し出す。

「お嬢様に内緒で。真北さんが率先して…。一体、どうされたんですか。
 真北さんらしくない」
「…俺らしく、ないか……」
「えぇ。私を懐柔したときは、あれ程、真剣になられていたのに。
 本当に、真北さんは、お嬢様のことになると……」
「…まさぁ〜」

真北は、まさを睨む。

「ふふふ。睨んでも駄目ですよ。それより、どうされるのですか。
 お嬢様、かなり怒ってますね…。真北さんにあのような態度をなさるとは…」
「そうだよな…」

そう言って、真北は頭を抱えた。

「大丈夫ですよ。お嬢様の怒りは、もう、納まってます」

まさは、微笑んでいた。真北は、まさの微笑みを見て、苦笑いをしていた。

「わかってるよ、それくらい。お前より、俺の方が
 真子ちゃんと付き合う時間は、長いんだからな」
「それなのに…」
「うるせぇ!」
「はいはい」

真北の表情を見て、昔を思い出したのか、まさは、遠い目をしていた。
自分が脚を洗った頃のこと…。

「それにしても、まだ、抜けてないんだな、お前は」

まさを現実に引き戻すかのように、真北が言った。

「…まさか、俺に…まだ、あの感情が残っていたとは、
 思いませんでしたよ…。…染みついているんでしょうね…」
「まさ…。…そうだ。真子ちゃんの傷は?」

何かを思い出したように、突然、真北が尋ねる。

「縫合しましたけど、その…能力で、お嬢様の傷は…」
「…やはり、影響するんだな、あの能力は、持ち主まで。
 …縫合か…。お前は、支配人と医者、どっちがいいんだ?」
「…俺は、医者に向いてませんよ。技術を持っているのは、
 あの頃の名残ですから」
「…そうだったな。殺しのまさに必要だったんだよな」
「人の体の構造を知る…あの頃には充分役立ちましたから。
 ですから、俺の腕は、人を助ける為のものではありません」
「だけど、真子ちゃんには違うだろ」
「そのようですね」

恐縮するまさ。

「…これからも、頼んだよ。ここは、大切に守っていかないとな。
 真子ちゃんの為に…」
「はい。お任せ下さい」

まさの言葉は力強かった。

「俺もかな…」
「大丈夫ですよ。お嬢様は、優しい方ですから」
「…………だよな…」
「えぇ」

真北は、それでも悩んでいた。

真子ちゃんの笑顔の為にしたこと。間違ってたのか…。

口を尖らせ、俯く真北。
そんな真北に、まさは、新たに注いだお茶を差し出した。




阿山組本部。
ここにも一人、悩んでいる男が居た。それは、真子の剣の腕の凄さを知った山中だった。
山中は、憔悴していた。
その後ろ姿を見つめている北野は、声を掛けることが出来ない。しかし…。

「北野」
「はい!」

山中は、振り返った。そして、いつもの雰囲気で北野に命令する。

「組長を狙いそうな輩を調べろ。これ以上、組長の負担にならないようにな…」

いつもの山中さんだ…。

「はっ」

北野の返事は大きかった。
北野は張り切って、その場を去っていった。そんな北野を見送る山中は、微笑んでいた。

「五代目を…影から支えるのも、私の役目ですよね、四代目…。
 憎まれようが、恨まれようが…。それが、あなたとの…約束…
 あなたのご命令…ですから」

新たな決意が芽生えた山中の眼差しは、今まで以上に力強いものになっていた。



(2006.2.4 第三部 第九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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